こんにちは! 習慣化トレーナー田村です。
最近、やたら関東で地震が多いというニュースを見ます。
巨大地震の前触れかとも思ってしまいますが、地震活動が活発な日本では特に異常なことではないのだとか。
ただ、火山学の第一人者である京都大学の鎌田名誉教授は、今後20年間で南海トラフ大地震、首都直下地震、富士山の大噴火が起きると断言されていますので、やはり大規模災害への準備は欠かせないのかなとも感じている今日この頃です。
災害から逃れる方法
さて、少々憂鬱な気分になってしまいましたが、実は、禅の教えでも災害、災難から逃れる方法を説いています。
私の地元、新潟県三条市では文政11年(1828年)に大地震が発生しています。マグニチュードは6.9、死者は1400人以上にのぼったとされています。
この時、三条市の近くに住んでいた良寛禅師は、三条に住む知人に見舞いの手紙を送りました。そこには、次ように書いてありました。
「災難にあう時節は、災難にてあうがよく候。死ぬる時節には、死ぬがよく候。是はこれ、災難をのがるる妙法にて候」
災難が起きた時は素直に災難にあうのが良く、死ぬときにはそのまま死ぬのが良いということなのですが、わざわざ災害にあって、家族や家を失くした方に人にそんなことを言わなくても!と、読んでいるこちらが心配してしまいます。
現実は現実として
ただ、実際に災害にあった人の気持ちとしてはどうなのでしょうか。
2004年の新潟県中越地震、2011年の東北大震災の時に、学生・社会人と立場は違えども、ボランティアとして復興支援の隅っこでお手伝いをしたことがありますが、被害を受けた住民の方は、ひどい災害で意気消沈しているかと思いきや、こちらに対しててきぱきと指示を出し、とにかく前向きに、少しでも早く生活を立て直そうと懸命に動かれていたことがとても強く印象に残っています。
災害がいつ来るのかは誰にもわかりませんが、その災難がいつか起きることは誰にも変えることが出来ない現実ではあります。起きることに対しておびえることも、起きてしまったことに対して嘆くことも、今をより良くしようと懸命に生きる人にとっては関係のないことでもありますよね。
現実は現実として、起きてしまったことをありのままを受け入れる。
その心持こそが、良寛禅師の「災難をのがるる妙法」なのではないかと思います。
今日はここまで(^^)/
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また明日~。
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